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2012年 05月 23日
風光る朝の階段ドレミファソ
先月作った俳句ですが、アップするの忘れてました。 いつの間にかもう五月もあと一週間ですね。 友だちが先週末から癌治療のため入院し。 お願いだから、死ぬのだけはやめてくれ。 せめてあと10年は。 お互いにね。 ・・・・・・って気分の五月かな。 2012年 05月 22日
![]() ![]() ![]() わざわざ観察用のメガネを買うまでもないと、下敷きみたいなもので眺めたり、裸眼で眺めたりしてたら、あとで目がチカチカしてきた。でも、きれいに日食を見ることができた。 だから何やねん?ってアホにされそうやけど、天体観測はもともとキライじゃないし。去年の秋には「冬のプラネタリウム」というマンガ用のプロット書いて、絵コンテまで描いてた。 けど、バネ指になったので、ページ数の多いのは先送りにして、違うものを描き始めてる。同時進行でイラストなんかも描いている。 1月の末に注射してもらったとき、これで1年は持ちますよ・・・と整形外科のドクターは言ってたけど、3カ月も経たないうちにまた再発。 痛みはないけど右手の親指の屈伸がスムーズにいかない。これを無理に曲げたりしたら酷くなってまた痛み出したりするので、親指を曲げずに丸ペンを持っている。 慣れてきたら、なかなかどうして。それなりに遜色なく描けるようになった。しかし描くのに、今までの1.5倍から2倍の時間がかかるようになったので、根気勝負になってきた。 もう丸ペンは止めて、サインペンだけにしようかと思ってもみたが、せっかくここまで丸ペンで練習を積んできたのに(以前が下手過ぎたので、これでも上手くなったつもりでいる)、ここで筆記具を変えるのは悔しいので、しばらく今まで通りのペンタッチで頑張ってみようと思っている。 それで、できるだけ右手は、描くためにだけ使うようにしてるので、他の時には左手を使ってる。おかげで、鍵を開けるのも、スプーンを持つのも、消しゴムを使うときも、まるで左利きのように上手く使えるようになってきた。 こうしてキーボードを打つのは、それほど負担じゃないけど(親指を使わずに打ってるので)、マウスを長時間持つと右手が痛くなってくるので(直接親指を使わなくても間接的に親指の筋に力が入るせいか)、PCはほどほどにしてます。左手で行けるときは左手でマウスを使ってるけど、微妙な操作や細かい操作はやはり右手でないと上手くできないので。 それでブログの更新もスローペースになってますが、元気なのでご心配なく。 2012年 05月 22日
「お花は高いから送らなくていいよ。ハンカチ1枚でいいからね」と娘に言っておいたのだが、3枚も送ってきてくれた。ハンカチ2枚とおフキン1枚。
かわいくてお洒落なので、使うの勿体なくて毎日眺めていたが、使わないのも勿体ないので、そろそろ使おう。 ![]() 2012年 05月 09日
冬の間、大活躍してくれた湯たんぽ。
もう初夏になったのでカバーを洗濯しました。 ![]() ネズミちゃん、どうもご苦労様でした。ありがとう。 また寒くなったら、よろしくお願いしますね。 ![]() 2012年 05月 09日
![]() ![]() ![]() ![]() ゴールデンウィークは、1日だけアウトドア。 お弁当持って家族や友人たちと鶴見緑地公園へ。 あとはご近所で過ごしました。 2012年 04月 30日
2012年 04月 27日
わ~!! 夢幻堂掲示板からの情報によると、
つげ式Tシャツが 虹霓社(コウゲイシャ)から発売されるそうです。 「ねじ式」「紅い花」の2種類、予約限定販売。 発売を記念して「万力のある家」で、 6月15日から29日まで 「つげ義春原画展」が開催されるようですよ。 <前代未聞の顔合わせによるコンサート>も 6月に開催されるようです。 「六月の夜の音楽会・月に憑かれたピエロ」 宍戸幸司(割礼)、原マスミ、早川義夫 山田勇男の映像 ![]() 2012年 04月 27日
2012年 04月 21日
母が亡くなって1カ月過ぎた。まだ実感はない。
考えてみれば長い年月であった。 二十数年かけて、徐々にお別れしてきた。母が私の名前を忘れた時。私の顔を忘れた時。ふつうの会話が成立しなくなった時。何も反応せず無表情になっていった時。 そのように次々と、順番に少しずつ「母」を失い、その度に「お別れ」してきたので、突然、母がいなくなったわけではない。 冬の長い影法師みたいに、長い長い余韻を残しながら、静かに静かに遠い山の向こうへ逝ってしまった。そんな、物悲しくも穏やかな喪失感である。 母がアルツハイマーになったのは50代半ば。私は30歳を過ぎたばかりの頃であった。私は母を保護する立場となった。長い年月の間に私も病気を持った。私が元気なうちに母を看取ることができてよかった。という、ほっとした気持ちもどこかにある。 人は必ずいつか死ぬ。私自身も必ず死ぬ。「死」を特別なことと考えずに、自然の摂理として、ふと散歩に出かけるときのように、さりげなく旅立てたら、いちばんいいのだが・・・・。 2012年 04月 16日
![]() 父が亡くなった時に墓は造らない事にしたので、母も父と同じように一心寺の骨仏になる予定。納骨された骨を集めて10年に一度、骨仏が造られる。(墓があるけど、分骨で一心寺に納骨する人たちもいるようであるが、うちは墓なしで骨仏だけ) 私も死んだ時には、一心寺に納骨してもらうつもりでいる。なにしろ通天閣から歩いて5分の場所である。楽しいじゃないか。 ![]()
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